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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)810号 判決 1977年3月24日

控訴人

張福点

外二名

右三名訴訟代理人

大蔵敏彦

外二名

被控訴人

石川美子

外一名

右両名訴訟代理人

浅野繁

主文

原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本件建物の所有権の帰属関係の事実を除き、請求原因一項の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、本件建物は、被控訴人らが主張する経過で同人らの共有するところとなつた事実を認めることができる。

二そこで、請求原因二項(一)記載の本件賃貸借消滅原因につき検討するに、控訴人徐及び鄭が本件建物に居住している事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると次の事実を認定することができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  控訴人張は昭和三二、三年頃、本件建物の前々主富田キミエからこれを賃借して食堂を経営していたが、数年後右建物は望月竹次郎の所有となり、同人が賃貸人の地位を承継したこと。

(二)  本件建物の敷地は、もと小長井誠蔵の所有であつたところ、同人は昭和四二年七月一七日死亡し、その子である被控訴人石川美子がこれを相続した。その後、本件建物の敷地の所有をめぐり望月竹次郎及び控訴人張と同被控訴人との間に紛争が起り、これは昭和四四年一二月五日静岡地方裁判所における裁判上の和解によつて解決されたが、右和解において被控訴人石川美子が本件建物を昭和四三年一二月一二日に遡つて所有者望月竹次郎から買い取つたことに定められたほか、本件建物は既に控訴人張によつて大規模な改修が加えられており、その所有権の帰属や改修費用の償還等につき紛争が生ずる虞もあつたので控訴人張は本件建物の所有権の主張はしない旨の意思を明らかにする一方、被控訴人石川美子は、これを引き続き張に賃貸することとするが、昭和四四年一一月一日以降の賃料の額については、被控訴人石川美子と控訴人張において別途協議することが約されたこと。

(三)  控訴人張は韓国人で、前記のとおり食堂を経営し、控訴人徐は長男としてこれを扶け、次いで昭和三八年六月頃控訴人鄭が徐と婚姻して夫婦で右営業を手伝つていたが、控訴人らは昭和四二、三年頃食堂を廃業して控訴人徐夫婦を中心とするスナツク経営に切り替えることとし、当時の本件建物の所有者望月竹次郎に改装の許可を求めたところ費用を自己で負担するなら宜しいという内諾をえた。そこで、控訴人らは右建物を現況のように改造し、飲食店営業の許可も期間満了による切り替えの際、控訴人鄭名義で所轄保健所の許可を受け、徐及び鄭が主として営業に当ることとし、張は老境にも入り、(一九一四年生)かつ、神経痛、高血血圧等の持病があるので引退し、時々手伝う位に止め、一ケ月のうち半分位は他に居住する二、三男や娘の家庭を訪問して不在にするが、張の動産その他身の廻り品はここに置き、旅行しても本件建物に必ず帰つて来るなどして生活の本拠を本件建物としていること。

(四)  控訴人らは控訴人徐がダンプカーの運転者として他人に雇われて副収入をうるほかは、主として前記スナツクの収入によつて生活していること。

右認定の事実関係によれば、控訴人徐は、控訴人張の長男として当初から張と同居してその営業を手伝つていたものであり、控訴人鄭は、徐の妻として被控訴人らが本件建物の所有権を取得した時の数年前から本件建物に居住して張の営業を助けていたが張が高齢となり、健康も優れなくなつたのに伴い、飲食店営業の経営の主体も息子夫婦に移行し、営業の種目も食堂からスナツクへと改められていつたものであり、控訴人張も本件建物を依然として生活の本拠としているのであるからスナツク営業許可の名義人が控訴人鄭であるからといつて、控訴人張が本件建物を鄭又は徐に転貸したと認めることは相当でない。また、仮にこれを転貸であるとしても、前認定の事実関係を併せ考えれば、控訴人らの本件建物使用状況は賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときに当ることが明らかであるから賃貸人である被控訴人らは民法六一二条二項による解除権を行使しえないというべきである。よつて、右解除権行使に基づく本件賃貸借消滅の主張は援用しえない。

三次に請求原因二項(二)記載の正当事由に基づく解約申入の効力につき判断する。

<証拠>によれば、右被控訴人の亡控訴人の亡夫石川整治の父石川広治は、長年製氷・冷蔵倉庫業を営み、かなりの規模の営業をしている者であるが、冷凍食品の販売関係の事業にも関心をもつていたところ、広治の孫娘に当る被控訴人石川啓子の夫石川千雄が勤務先を退職してそのような事業を起したいという希望を持つていたので、これを援助することにより年来の希望を実行に移すこととし、そのためには本件建物及びその敷地を利用するのが最も望ましいと考えていること、石川千雄は現在三〇才の男子で昭和四五年五月二一日被控訴人石川啓子と婚姻し、松林工業薬品株式会社に勤務し、啓子とともに団地に居住しているが、さしあたり住居に困つているわけではないこと、ただ、近い将来石川広治及び同人の取引先等の支援をえて冷凍食品販売の事業を起したく、その資金の準備もできているが営業の本拠として本件建物を使用するのが商業上の立地条件から見て最も希望するところであること、以上の事実を認定することができる。

そこで、右事実と前項に認定した控訴人らの営業の状態及び家庭の情況等を比較して考察すると、被控訴人側においてはその事業計画上本件建物が是非とも必要であるというさし迫つた事情の存在は認められないのはもとより、本件建物が使用できなくてもその生活上現状を不利に変更されて支障を来たすということがないのに対し、控訴人側においては、目下のところ本件建物がその住居及び生活を支える営業の場として唯一不可缺であり、他に適当な店舗兼居宅を求めることは(特に控訴人らが外国人であることを考えると)、著しく困難であることが認められるので、本件賃貸借解約申入の正当事由はないものとするのが相当である。よつて、右解約申入が有効であることを前提とする被控訴人らの主張はその余の点を判断するまでもなく失当である。

四最後に、請求原因二項(三)記載の解除の意思表示がなされたことは、<証拠>によつて認められるので、その効力につき審按するに、被控訴人らがこの点につき主張する事実関係によれば、右解除の意思表示が有効であるためには、被控訴人らは延滞賃料につき相当な期間を定めて控訴人張にその支払を催告することを必要とするところ、右催告をしたことに関して被控訴人らは主張も立証もしないのであるから右催告を不要とするような特段の事情を認めるべき何らの証拠もない本件においては前記解除の意思表示は前提要件を欠くから効力を生じえないとするほかはない。<以下、省略>

(吉岡進 園部秀信 兼子徹夫)

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